三流大学、理系学生が読んだ書物を語る

三流大学、理系学生が読んだ書物を語る

小説、映画、マンガ…etcについて徒然なるままに感想を書いてます。

それは池袋が舞台~デュラララ~

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 今回は、成田良悟先生の『デュラララ』について、感想を綴ります。

 

 

 いやはや、池袋というと埼玉県民からすると一番最初に行く都会です。

 まさしく池袋は埼玉県民からすると憧れの場所になりやすいところだと言えます。

 

 

 群像劇ということもあって、すらすらと読めました。

 物語は完結しているが、主人公が変わってまだ続いているみたいです。そっちはまたいつか読みたいと思います。

 

 

 以下、内容について、

 

 竜ヶ峰が何処までも病み深い、色々とこじらせています。(笑)

 竜ヶ峰(病み深い人)って結構、物事のとらえ方が純粋な気がします。一つの面(自分の見えてるところ)しか見て判断しないからかなっと思ったりします…

 別にそこまで、場所や人にこだわる必要なんて無いのにと感じてしまった。まぁ、それを言ったら物語は成立しなくなってしまうが…

 

 

 カラーギャングって、単なる半グレ集団みたいです。この作品で初めて知りました。

 抗争や恋、人間関係、運び屋、色々と錯綜する物語となっています。

 何よりも、登場人物は全員『強烈』です。

 

 

 デュラハンや闇医者、病んでいる人、運び屋、ただただ強い人、陽気なロシア人、弟を溺愛している姉、首を愛している弟…などなど。

 強烈過ぎて、お腹いっぱいになります。(笑)

 登場人物たちが上手く化学反応を起こしており、静雄と臨也がいい味出してます。

 相容れないってまさしくこの二人の関係だと思いました。

 

 

 結局、最後まで分からなかったことがあります。

 デュラハンの存在です。

 デュラハンって記憶が別々だったという解釈で良いのでしょうかね?

 デュラハンの定義がしっかりとしないと、デュラハンの立ち位置がよく理解できないですよね。セルティーが中心に物語が動いているので、セルティー自体の定義が曖昧だと周りの人たちの動きが単なる操り人形たちの動きになってしまう気がします。

  

 罪歌と同じようなもの、デュラハン特有の力によって、セルティーの周りに竜ヶ峰などの闇を抱えた人たちが集まってきた。と解釈できなくもないよなと思いました。

 そもそも、池袋にいる理由もよくわからないですし…

 その辺の裏話的なものを書いてほしいですね~(笑)

 

 

 

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