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暴力の先にあるもの~セッション~

その他

 某プライムビデオで視聴した映画『セッション』、純粋な主人公は、求められたものに対して、ひたすら応えるための努力をする。血が出ようが車の事故で腕が折れていようが、お構いなくドラムスティックを握りしめて、叩く。ジャズの世界で名声を得るために。ただそれだけのために…

 

 

 目の前の要求に対して、死に物狂いで完璧な正解を演出する姿勢は、狂気だ。段々とプロを目指すというよりも、フレッチャー先生の要求に応えることだけに必死になっていく姿は、すごい!というよりもどこか気持ちが悪い。家族、兄弟に負い目を感じていたのか、なお一層と叩くことに執着していく。彼女と別れて、新入りには並々ならぬライバル意識をぶつけて、周囲のことは何一つ目に入っていない。自分の世界に入り込んで、ひたすらドラムを叩く。しかし、大一番というコンクールで失敗をする。車で事故を起こして、血だらけのまま会場に向かい、演奏する。この姿勢は、ただただ気持ち悪い、命よりも結果(成功・名誉)を求める姿勢。

 

 

 大学を辞めて、先生を訴えるという人物の証言をして、フレッチャー先生も大学を辞める。アンドリューは大学を入り直し、音楽から離れていたが、通りかけたバーでフレッチャー先生が演奏していた。思いがけない邂逅に、その場を後にしようとするが、フレッチャー先生に捕まって、一緒にお酒を飲む。特に印象的だったのは、ここでの会話で、あるプロの挫折からどう成功者になったのかという話、そのプロは一度、演奏で笑い者になってから次の朝から死ぬ気でドラムを叩くようになったと。

 

 

 そして、ドラマーを探していて一緒にコンクールに出ようと誘われる。アンドリューは当日、舞台に立つと言われていた課題曲とは違う曲を演奏することになっていて、笑い者になる。一度は、舞台から出ていくが、父と抱擁して直ぐに舞台に戻り、アドリブで演奏を始める。最後、フレッチャー先生は笑う。私は、この笑みはアンドリューが上手く手のひらで踊ってくれたことに対する笑みだと解釈する。一貫して、アンドリューは幼稚な人物に描かれている気がする。

 

 素直に楽しかったと言える映画ではなかった。月並みだが、物事に取り組む姿勢をしっかりと客観視して、目標に向かって努力することが大事なのだなと思った。