三流大学、理系学生が読んだ書物を語る

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暴力の先にあるもの~セッション~

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 今回は、映画『セッション』について、感想を綴ります。(注意:ネタバレあり)

 

はじめに

 映画「セッション」は、アカデミー賞受賞した作品です。

 

『セッション』は、2014年にアメリカ合衆国で製作されたドラマ映画である。監督・脚本はデミアン・チャゼル、主演はマイルズ・テラーが務めた。第87回アカデミー賞で5部門にノミネートされ、J・K・シモンズ助演男優賞を含む3部門で受賞した。
出典:セッション (映画) - Wikipedia

 

あらすじ

 ジャズ・ドラマーのアンドリュー・ニーマンは、バディ・リッチのような「偉大な」ドラマーになることに憧れ、アメリカで最高の音楽学校、シェイファー音楽学校へと進学しする。そこで、指揮者として名高いテレンス・フレッチャーのスタジオ・バンドに招かれる事になり、死にものぐるいの練習を重ねる日々を過ごす。そこから、狂気に満ちたドラマー人生が始まるのだった。

 

 狂気に満ちた主人公

 純粋な主人公は、求められたものに対して、ひたすら応えるための努力をする。血が出ようが車の事故で腕が折れていようが、お構いなくドラムスティックを握りしめ、叩く。ジャズの世界で名声を得るために。ただそれだけのために…

 

 目の前の要求に対して、死に物狂いで完璧な正解を演出する姿勢は、狂気です。段々とプロを目指すというよりも、フレッチャー先生の要求に応えることだけに必死になっていく姿は、すごい!というよりもどこか気持ちが悪いです。

 

 家族、兄弟に負い目を感じていたのか、なお一層と叩くことに執着していく。彼女と別れて、新入りには並々ならぬライバル意識をぶつけて、周囲のことは何一つ目に入っていない。自分の世界に入り込んで、ひたすらドラムを叩く。しかし、大一番というコンクールで失敗をする。車で事故を起こして、血だらけのまま会場に向かい、演奏する。この姿勢は、ただただ気持ち悪い、命よりも結果(成功・名誉)を求める姿勢。

 

 大学を辞めて、先生を訴えるという人物の証言をして、フレッチャー先生も大学を辞める。アンドリューは大学を入り直し、音楽から離れていたが、通りかけたバーでフレッチャー先生が演奏していた。思いがけない邂逅に、その場を後にしようとするが、フレッチャー先生に捕まって、一緒にお酒を飲む。特に印象的だったのは、ここでの会話で、あるプロの挫折からどう成功者になったのかという話、そのプロは一度、演奏で笑い者になってから次の朝から死ぬ気でドラムを叩くようになったと。

 

 そして、ドラマーを探していて一緒にコンクールに出ようと誘われる。アンドリューは当日、舞台に立つと言われていた課題曲とは違う曲を演奏することになっていて、笑い者になる。一度は、舞台から出ていくが、父と抱擁して直ぐに舞台に戻り、アドリブで演奏を始める。最後、フレッチャー先生は笑う。私は、この笑みはアンドリューが上手く手のひらで踊ってくれたことに対する笑みだと解釈しました。一貫して、アンドリューは幼稚な人物に描かれている気がします。

 

 素直に楽しかったと言える映画ではなかったです。月並みですが、物事に取り組む姿勢をしっかりと客観視して、目標に向かって努力することが大事なのだなと思う。

 

蛇足的な感想

 アンドリューは最後まで、人からの評価を気にしている印象を受けました。特に、フレッチャー先生からの評価をです。背景としてアンドリューの育った環境にあるのかと思う。兄弟がそれなりの結果を残しているからこそ、自分もと思ってしまうのだろう。

 

 結局、人からの評価を気にし過ぎてもいけないことをこの映画は言っているのかなと感じました。

 

 是非、皆さんも視聴して下さい。

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